大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和38年(ワ)9049号 判決 1966年10月28日

原告 東京都

被告 三井忠好 外四名

主文

原告に対し、被告三井は別紙<省略>物件目録(一)第一記載の、被告平本は同目録第二記載の、被告森川は同目録第三記載の、被告水野は同目録第四記載の、被告山田は同目録第五記載の各建物部分をそれぞれ明渡し、且つそれぞれ昭和三八年九月一日以降右明渡ずみまで一ケ月金八〇円の割合の金員を支払え。

被告森川は、原告に対し、別紙物件目録(二)の第三(2) 記載の建物を収去してその敷地を明渡せ。

被告水野は、原告に対し、別紙物件目録(一)第四記載の建物に付設された作業所(添付の図面(四)の青線で囲まれた建物)を収去してその敷地を明渡せ。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は、これを二分しその一を原告の、その余を被告らの各負担とする。

原告において、被告水野のため金三〇万円、同森川のため金二〇万円、その余の被告らのため各金一〇万円の各担保を供するときは、原告勝訴の部分につきそれぞれ仮に執行することができる。

事実

原告代理人は「一、原告に対し、被告三井は別紙物件目録(一)の第一記載の、被告平本は同第二記載の、被告森川は同第三記載の、被告水野は同第四記載の、被告山田は同第五記載の各建物部分をそれぞ明渡せ。二、原告に対し、被告三井は別紙物件目録(二)の第一記載の、被告平本は同第二記載の、被告水野は同第四記載の、被告山田は同第五記載の各増築部分を、被告森川は同第三記載(1) の増築部分及び同(2) の建物を、それぞれ収去してその敷地を明渡せ。三、原告に対し、被告らはそれぞれ、昭和三八年九月一日以降第一項記載の建物部分の明渡ずみまで一ケ月金八〇円の割合の金員を支払え。四、訴訟費用は被告らの負担とする。」との判決及び仮執行の宣言を求め、請求の原因及び被告らの抗弁に対する答弁として、

「一、別紙物件目録(一)の第一ないし五記載の都営大山住宅五戸は原告の所有であるが、原告は、昭和二三年一一月二二日被告森川に、同月二三日同平本に、同月二五日同水野及び同山田に、同二八年四月六日同三井に右目録記載のとおりの各一戸を、いずれも使用料一ケ月金八〇円の約で使用を許可し、爾来被告らは右建物に入居居住してこれを占有している。

右都営住宅は原告が終戦直後戦災による住宅困窮者に取り敢えず越冬用の住居を供給する目的で急拠原告の所有に属する東京都板橋区大山西町二一番地所在の公園用地に建築した木造ルーフイング葺平家建の応急簡易住宅七四戸のうちの五戸であるが、右建物はこのように応急的施設として粗造されたものであるため昭和三六年頃にはすつかり老朽して災害防止及び環境整備上放置できないような状態になつた。そこで原告は右七四戸の老朽都営住宅を建て替えることにし、その方法として右都営住宅の敷地に隣接する原告所有の公園用地の一部を公園区域から除外したうえそこに高層鉄筋造の改良住宅を建築して右都営住宅の居住者らに移転先として提供する計画を立て、住宅地区改良法による住宅地区改良事業として施行すべくその旨建設大臣に申出て昭和三六年七月七日付で同法第四条第一項による改良地区の指定を受け、次いで同年一二月一八日付で同法第五条第一項による改良事業計画の認可を受けて、右改良事業計画に基き昭和三六年度予算により鉄筋造四階建改良住宅二棟計六四戸、同五階建改良住宅二棟計一〇〇戸、(合計一六四戸)を建築した。

原告は被告らを含む前記都営住宅の居住者全員(当時六一世帯)に対し、右建替計画の趣旨を説明すると共に、右改良住宅を移転先として提供して右都営住宅の明渡を求めたところ、居住者の大部分(四〇数世帯)は原告の提供した右改良住宅へ移転して右都営住宅を明渡したにも拘らず、被告らは改良住宅へ移転しない。そこで原告は昭和三七年一二月一七日頃それぞれ被告らに到達した書面で再度右改良住宅への移転方を勧告した(原告が被告らの移転先として予定して確保した改良住宅は前記四階建の六畳、四畳半及びダイニングキツチン計三間から成る一区画であり、一ケ月の使用料は金三、〇〇〇円である。)が、被告らは同年一二月二六日付の連名の文書で原告の右勧告を拒否する旨回答して来た。そこでやむをえず原告は、昭和三八年二月一四日被告らにそれぞれ到達した書面で、同月二八日までに前記改良住宅への入居の申出をするように最終的勧告を行うと共に同日までに入居の申出のない場合には本件老朽都営住宅の建替えを内容とする前記住宅地区改良事業の実施を理由として同日付で本件都営住宅の使用関係の解約の申入をする旨の意思表示をした。

本件都営住宅の使用関係の終了については借家法の規定の適用があると考えるのが相当であるところ、原告のした右解約の申入には正当の事由があるから、右解約の申入れが効力を生じた時(前記書面に定めた二月二八日までに被告らから改良住宅への入居の申出がなされなかつたので同日の経過とともに右効力が生じた)から六ケ月後たる昭和三八年八月三一日の経過とともに本件都営住宅の使用関係は終了したものである。よつて原告は建物所有権に基き被告らに対しそれぞれ、その占有する建物部分の明渡と使用関係の終了した後である昭和三八年九月一日以降明渡ずみまで一ケ月金八〇円の割合の使用料相当額の損害金の支払を求める。

また、被告らは別紙物件目録(二)記載のとおり増築ないし別棟の建物の建築を行ないこれらを所有して何らの権原なくその敷地部分の原告所有地を占有していたので、原告は、土地所有権に基き被告らに対し右敷地部分の明渡を求める。

二、本件都営大山住宅がもともと仮小屋同然のものであつてそれらに被告らが補修あるいは改造を施したからといつて当然に右住宅の所有権が被告らに移転するものではない。また、右住宅の敷地について原告と被告らとの間で賃貸借契約が締結されたことはなく従つて被告らの支払つて来た使用料は建物使用の対価である。

被告らが本件建物の増改築及び補修のために費した金額並びに建物に付加した造作の価額は知らない。

右増改築及び造作の付加につき住宅管理人加茂坂及び佐藤が承諾を与えたことは否認する。右両名にはその承諾を与えるにつき原告を代理する権限もなかつた。

東京都営住宅条例(昭和二一年都条例第二号。ただし昭和二三年都条例第二一号及び同二六年都条例第一一二号により改正)第一三条によれば、都長官(都知事)の承諾を得て補修等を行つた場合にも、住宅使用者は、住宅を返還する場合には、工作物を撤去して原状に復さねばならず、その費用について請求することができない旨定められているから有益費の償還請求は許されない。

原告の建築局総務部長が被告ら主張のような言明をしたことは否認する。仮りにそのような事実があつたとしても被告らが原告に公園用地の代替地を提供したことはないし、本件大山住宅の敷地が公園予定地から除外されたこともない。なお国の公営住宅政策の方針の変更にともない都営住宅の払下げはしないことになつている。」と述べた。

被告ら訴訟代理人は「原告の請求をいずれも棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁及び抗弁として、

「一、別紙物件目録(一)記載の建物がもと原告の所有に属したこと、被告らが原告から原告主張どおりの建物を一ケ月金八〇円の使用料で使用を許可されて(ただし、許可の時期は被告三井を除くほかの被告四名については昭和二一年の春から夏にかけての間である。)居住し占有していること、被告らが原告主張のどおりの増築ないし新築をしてその敷地部分を占有していること、本件都営住宅の敷地である東京都板橋区大山西町二一番地の土地が原告の所有であること、別紙物件目録(一)記載の建物が、もと原告によつてその主張のような事情で公園用地上に建築された応急簡易住宅七四戸のうちの一部であること、原告が右住宅の敷地に隣接した土地に原告主張どおりの改良住宅計一六四戸を建築し、被告らを含めた大山住宅の居住者に対して右改良住宅への移転を求めたこと、原告主張の書面が昭和三七年一二月一七日頃被告らに到達したが被告らにおいて原告の勧告を拒否したこと及び原告主張の解約申入の意思表示が昭和三八年二月一四日被告らに到達したことは認めるがその余は不知。

二、被告らが占有している別紙物件目録(一)及び同(二)の建物(増築部分も含めて)は昭和二三、四年頃にはそれぞれ被告ら(被告三井についてはその前主神永-本項において以下同様)の所有となり被告らはその頃その敷地部分を原告から賃借したものである。すなわち、被告らが原告から使用を許可された当時の別紙物件目録(一)記載の建物は原告主張のような事情で建築されたので、都営住宅とは名のみで畑地上に柱を四ないし九本立てて梁桁三本及び垂木数本を掛け渡したうえ、屋根には粗悪なルーフイングを張り付けただけで四囲の壁はなくて板張りで、台所・便所・洗面所などの設備はなく、床は土間といういわば仮小屋程度の粗造の建物であつた。従つて被告らが入居した当初から降雨の際には既に雨漏りがして昭和二三年頃には風雨によつて早くも屋根及び四囲の板は破損あるいは朽廃してしまつた。被告らは原告にその補修を申入れたが、原告は資材の確保ができないので被告ら各自の能力と創意によつて適当に措置して欲しい旨回答するのみで何らの補修もしないので、被告らはやむなく各自の費用によつて補修を施し、昭和二三、四年頃までには建築当時の資材は柱と梁桁を残すのみでそれ以外の部分は全て新しい材料と取り替えると共に、土間を板敷にし、台所等の設備を整え、建具も入れてその朽廃を防ぎ今日まで維持して来たものである。かように被告らが原告の承諾を得て自己の費用によつて補修・改造を行つたことによつて昭和二三、四年頃には右建物は被告らの所有となり、被告らはその頃その敷地を原告から賃借した。従つて一ケ月金八〇円の使用料はその頃以降は右建物の敷地の賃料である。

仮りに本件大山住宅が原告の所有に属するならば、被告らが増築した建物部分は右大山住宅の本体部分の構成部分となつて右本体部分に附合しているから被告らに右増築部分を収去する義務はない。

三、原告の解約の申入に正当の事由の存することは争う。被告らの事情は次のとおりである。

(1)  被告三井は妻チエ子と長男直紀(中学一年)の三人家族であるが薄給の国鉄職員のため他からの借財があり、現在よりも高家賃の改良住宅に移転するときには、家計の収支に変動を来たし右借財の返済計画が挫折する。

(2)  被告平本は妻タツエと一男一女の家族であるが、現在本件住宅で印鑑製造販売業と印刷業を細々と営んでいる。原告の提供する高層アパートの六畳間に移転するときにはその生業を営むことが不可能になり、また老令でもあるので今日まで暮して来た本件住宅を離れることなく生涯を終えたいと希望している。

(3)  被告森川は妻テフのほか四男一女があり、本件住宅で古鉄商を営んでいるが、原告の提供する改良住宅に移転するときには古鉄商の営業を断念せざるをえず、他に店舗を求めるとしても本件大山住宅周辺の得意先を喪失することになるので右改良住宅への移転は不可能な状況にある。

(4)  被告水野は妻しげと長男と共に本件住宅に居住して日除けテントの製造販売業を営んでいるが、その営業の性質上どうしても空地が必要であるから、原告の提供する改良住宅に移転するときには右生業が不可能になるし、その他に移転先を求めることも困難である。

(5)  被告山田は区役所用務員である。本件住宅に妻と一男三女と共に居住しているが、長女の知江子(二八才)は小児麻痺で歩行が困難である上に集団生活を嫌う同女の心情を考えると親として原告提供の六畳一間の改良住宅に移転することは到底できないし、家族も多数なので右改良住宅は狭隘に過ぎ、また現在他からの借財の返済にも苦慮しているので高額な賃料の支払能力がない。

また、後記四において述べるように、原告は、被告らが本件建物に入居以来続けて来た敷地の払下運動に対し、これに応ずるような言明をしながら、態度を急変して建物の明渡を求めるに至つたものである。この点において本件解約申入は信義則に違反するものであり、このことはその正当事由の有無を判断するに当り当然斟酌されるべきである。

四、仮りに以上が理由がないとしても、被告らはかねてから本件大山住宅及びその敷地の払下げ方を原告に懇請して来たところ、原告東京都の建築局総務部長中島某は本件大山住宅の敷地である東京都板橋区大山西町二一番地の土地を公園予定地から除外するか、あるいは代替地が他にある場合には、本件都営大山住宅の居住者らに払下げてもよい旨言明したことがある。しかるに原告は、被告ら居住者の土地払下げの希望を無視し、右総務部長の言明を飜して、被告ら居住者の本件住宅での居住の平穏を害することを知りながら昭和三六年本件住宅の所在する土地について住宅地区改良法に基く改良地区の指定を得て、その事業計画を強行しようとしている。被告らは向後五ケ年の立退猶予期間を与えられれば他への移転の準備を完了して原告の明渡の求めに応じる用意があるし、右計画の実施が右の程度遅れても原告にとつてさしたる損害も生じない。それにも拘らず、原告が敢えて右計画の実施を理由に被告らに本件住宅の明渡を訴求するのは前記原告の建築局総務部長の言明を飜した信義に反する態度と相俊つて信義則に反するものというべく権利の濫用として許されない。

五、仮に原告主張の解約申入により本件建物の使用権が消滅し、被告らが別紙目録(一)記載の建物部分を明渡すべき義務を負うものとすれば、被告らは次に述べるようにこれについて留置権を行使する。

(一)  被告らは本件建物に入居以来昭和三八年八月頃までの間、再三にわたり右建物部分につき屋根の葺替、床板の張付、羽目板の取替等の改修を加え、これがためそれぞれ左表(イ)段記載のとおりの費用を支出した。右は旧建物構成部分の改良のための有益費とみるべきであるから、被告らは原告に対しその償還請求権を有する。

また被告らはさきに述べた建物の増築のため、昭和三八年八月頃までの間にそれぞれ左表(ロ)段記載のとおりの費用を費したが、右増築部分が原告の所有に帰したとすれば、被告らはこれについて原告に対し有益費としてその償還を求めることができる。

表<省略>

よつて被告らはこれらの支払のあるまで前記建物部分を留置する。

(二)  さらに被告らは、前段記載の期間中、原告を代理する大山都営住宅管理人加茂坂己之吉及び佐藤岩太郎の承諾を得て、前記建物部分にそれぞれ左のとおりの造作を付加した。そこで、被告らは、原告に対し本訴(昭和四一年四月一日本件口頭弁論期日)において左の造作を時価相当額(金額は左記のとおり)を以つて買取るべきことを請求し、右造作代金の支払のあるまで右建物部分を留置する。

(1)  被告三井の分。畳九枚、硝子戸八枚、障子四枚、襖二枚、電気メーター一個。以上の時価の合計は金三万円である。

(2)  被告平本の分。畳一一枚、硝子戸九枚、障子一三枚、襖七枚、電気メーター一個。以上の時価の合計は金六七万円である。

(3)  被告森川の分。畳九枚、硝子戸七枚、襖七枚、電気メーター一個。以上の時価の合計は金二万円である。

(4)  被告水野の分。畳九枚、硝子戸一〇枚、障子四枚、襖二枚、電気メーター一個。以上の時価の合計は金四万円である。

(5)  被告山田の分。畳一五枚、硝子戸一四枚、障子一三枚、襖六枚、電気メーター一個。以上の時個の合計は金六万円である。

六、仮りに被告らが、本件大山住宅を明渡す義務があるとしても、原告が被告らに対して右明渡を求めるのは専ら公益上の必要によるものであるから、憲法第二九条第三項の規定の趣旨に照らし原告は被告らが右明渡によつて蒙る有形無形の損害に対して相当の補償をなすべき義務があると解すべきところ、本件は借家法第一条ノ二の正当の事由に基く使用関係の解約の申入を原因とするする請求であるから、原告の被告らに対する補償金の支払と被告らの右住宅の原告への明渡とは引換になさるべきものである。そして被告らに対する右補償金は各金二〇〇万円が相当である。」と述べた。

証拠<省略>

理由

一、別紙物件目録(一)記載の建物部分がもと原告の所有に属したこと及び被告らが原告より使用料一ケ月金八〇円の約で右建物部分の使用を許可されて入居し、今日まで居住してこれを占有していることは当事者に争いがない。

そして被告らが右使用の許可を受けた時期については、被告三井について昭和二八年四月六日であることは当事者間に争いがないが、その余の被告らについては、証人森川テフ、被告平本他敬理本人、同水野長本人、同山田秀吉本人の各供述によれば、被告平本は昭和二一年五月頃、被告森川は同年六月頃、同水野は同年中、被告山田は昭和二八年中であることが認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。

ところで、右建物部分(以下本体部分ともいう)はもと原告が終戦直後戦災による住宅困窮者に取りあえず越冬用の住居を供給する目的で急拠原告所有の公園用地上に建築した木造ルーフイング葺平家建の応急簡易住宅七四戸のうち五戸であることは当事者間に争いがないところ、被告らは、右住宅は応急的に粗造されたものであつたため昭和二三、四年頃には屋根、四周が破損もしくは朽廃したので被告ら(被告三井についてはその前主神永)においてその主張のような事情から自己の費用をもつてその主張のように補修及び改造を行い、これによつて昭和二三、四年頃には右本体部分は被告らもしくはその前主の所有となつた旨主張して原告の所有に属することを争うので先ずこの点につき判断する。(なお前判示のとおり、被告山田の入居したのは昭和二八年中であるが、同被告についてはその前主の所有となつたことを主張する趣旨と解される。)

証人加茂坂己之吉、同根本嘉也、被告平本本人及び同三井本人の各供述ならびに弁論の全趣旨によれば、本体部分は、応急簡易住宅として建築された当時から、その建築されるにいたつた緊急の事情及び当時の一般的な物資不足の状況等によつて今日の感覚からすれば被告らの主張どおりに極めて粗末なものであり、原告においても、長期の使用に耐えるということは予定せず二年程の使用に耐えればよいと考えて建築したものであること、従つて、破損部位に対する何らの補修も加えられることがなかつたとすれば数年のうちに朽廃するかもしくは少くとも人の居住の用に供するには不適当なものとなつたであろうこと、破損ないしは朽廃した部分が生じた場合には入居者の被告らもしくはその前入居者が各自の費用で資材を購入して補修をし、生活に便宜なように建具(但し一度窓ガラスが原告から支給されたことがある)を入れ床板を敷いたり台所等を改造したりすることによつて昭和二四年頃には昭和二一年当時よりは可なり居住に適する状況にまで改造されると共にその朽廃が防がれたことが認められる。しかしながら証人加茂坂己之吉、被告平本本人の各供述及び弁論の全趣旨によれば、被告らも自認するように本体部分が建築された当時の柱及び梁桁という建物の基本構造物は取り替えられたことはなく、また右の補修あるいは改造も、昭和二一年頃からその破損朽廃に応じて順次施されて来たものと認められる。以上によれば、建物の基本的な構造を構成している資材を一挙に取り替えるなど建物の同一性を失わしめるような工作が加えられたとは考えられず、被告ら入居者が補修あるいは改造のために建物に添加接合した資材はその接合の都度順次本件本体部分に附合してその構成部分となり本件本体部分の所有者の所有に帰したものと考えるのが相当である。(なお、当時資材の不足という事情から、原告において補修改造は入居者において行わしめることを予定し入居者らもこれを承認したうえ入居した事情のあつたことが証人加茂坂の供述によつて認められるが、この事実から、右建物部分の所有権の帰属について前記と異る結論を導くことはできない。)

従つて昭和二四年頃までに本体部分が被告らもしくはその前居住者の所有となつた旨の主張は理由がなく、右本体部分は依然として原告の所有に属するというべきである。

二、次に右本体部分の使用関係の終了について検討する。

原告が被告らに対し昭和三八年二月末日までに被告らから後記改良住宅への入居の申出のないことを停止条件とする右本体部分の使用関係の解約申入の意思表示をなし、これが同年二月一四日被告らにそれぞれ到達したことは当事者間に争いがなく、右昭和三八年二月二八日までに被告らが原告に対して改良住宅への入居の申出をしなかつたことについては被告らも明らかに争わない。

ところで、都営住宅たる本体部分の使用関係の終了については原告も認めるように借家法の規定の適用があると解されるところ、本件使用関係につき期間の定めがあつたことについては格別の主張立証がないから、原告は借家法第一条ノ二の規定に従い解約の申入をすることができるものである。そこで次に原告の右解約の申入が正当の事由を具備するものか否かについて検討する。

証人根本の供述及び成立に争いのない甲第一号証の一、二の記載によれば、原告東京都は同都内における住宅の払底殊に低額所得者が住居に困窮している実情に鑑みて、終戦直後に応急的施設として建築された本件大山住宅のような応急簡易住宅を整理して、土地の高度の利用によつて住宅の増加を計りそれらの者の為に使用料の低廉な都営住宅を可及的に多く供給する要請と右の応急住宅の多くは終戦当時学校用地あるいは公園用地など緊急に使用する必要のなかつた空地上に急拠建築されていたためそれらの敷地についても、その本来の使用目的に従つた使用を早急に実現するという要請に応ずる目的で、昭和三三年頃から右応急簡易住宅の整理計画を具体化し、本件大山住宅については一戸を除きその余(本件係争の五戸を含む)は全て構造又は設備が著しく不良であるために居住の用に供することが著しく不適当な住宅(不良住宅)と判定し、昭和三六年夏頃までに本件大山住宅の敷地に隣接する公園用地の一部を公園区域から外して、そこに鉄筋造高層改良住宅を建築して右大山住宅の居住者らの移転先として提供し、右大山住宅を整理するという骨子の大山住宅の整理建替計画を纒め、右計画を住宅地区改良法による住宅地区改良事業として実施することとし、原告はその頃建設大臣に対して同法に基ずく改良地区の指定を申出て同年七月七日付を以つて右指定を受け次いで同年一二月一八日付で住宅地区改良事業計画の認可をうけたことが認められる。右認定を左右するに足る証拠はない。

ところで原告が、本件大山住宅の敷地に隣接する土地に四階建及び五階建の鉄筋造改良住宅計四棟合計一六四戸を建築したこと及び原告が被告ら大山住宅の居住者に対して改良住宅への移転を勧告したことは当事者間に争いがないが、原告が右改良住宅への移転を勧告するに際してどのような入居条件を提示したかをみると、証人根本の供述及び被告平本本人の供述によれば、(1) 右改良住宅は低額所得者用住宅であり、定められた額以上の収入取得者は入居資格が認められないのであるが、大山住宅の居住者については所定の収入額を超過する者でも入居資格を認めること、(2) 入居の申出のある場合は無抽選で優先的に入居を認めること、(3) 右原告の提供する住宅は六畳間、四・五畳間及びダイニングキツチンからなる前記改良住宅の一区画でその使用料は一ケ月金三三〇〇円であること、(4) 右のように使用料が従前より高くなることに対する対策として、大山住宅居住者については使用料の減免取扱基準を設け入居より一ケ年の間、月収金一万二〇〇〇円を超えて金三万二〇〇〇円以下の者の使用料を一ケ月金二五〇〇円に、同じく金一万二〇〇〇円以下の者の使用料を一ケ月金一二〇〇円とすること、(5) 家族が六人以上で二世帯に分離可能な場合(世帯毎に所得のある者が必要だが)には二戸に入居を認めること、(6) 隣地の改良住宅へ入居したくない者には希望の都営住宅への入居を斡旋すること、(7) この際都営住宅以外の住居へ転出する者に対しては移転料名義で金一〇万円を、右改良住宅以外の都営住宅へ移転する者及び右改良住宅へ移転する者には引越料名義でそれぞれ金一万二〇〇〇円及び金六〇〇〇円を支給すること、これらの条件を提示したことが認められる。

そして前掲各証拠によれば、原告は昭和三六年頃から大山住宅の居住者らに対して前記住宅地区改良事業計画の実施に伴う大山住宅の建替えの趣意あるいは右改良住宅への移転入居の条件について数回説明会を催してその周知を計ると共に居住者らの納得を得るべく努めたことが認められる。

以上認定に反する被告三井本人の供述は措信できず、他に右認定を左右するに十分な証拠はない。

ところで、前記の原告の勧告の後にも、原告は被告らに対し昭和三七年一二月一七日頃に到達した書面を以つて、右改良住宅への入居の勧告をしたところ、被告らがその勧告にも応じなかつたことは当事者間に争いがない。

そこで後記の払下げ運動の点はしばらく措いて、ここで本件被告ら各自の個別的な事情についてみると、次のとおりである。

(1)  被告平本本人の供述によれば、平本方は夫婦と成年の一男二女の五人家族で、本件建物(同人において増築ないし新築した部分も含む。以下他の被告についても同様である。)に印刷機、工作機具を置いて印刷・製判業を営み、附近の人々の注文に応じて名刺等の印刷の請負及び印鑑の製造販売をして金一万四〇〇〇円程度の月収を得るほか、長男及び次女の他所での稼助による収入と合算して月額にして少くとも金四万円程度の収入があるが現在親戚から金一〇万円程度の借財があること、改良住宅へ入居すれば、機械の音がする印刷の作業ができにくくなることを危虞すると共に、現在は快方に向つているが精神病で入院中の末子が退院した場合病気の再発などで近隣に迷惑をかけるのではないかと懸念していることが認められる。

(2)  証人森川テフの供述によれば、森川方は夫婦と四男一女の七人家族で、主として板橋区内に得意先を持つて廃品回収業を営み、昭和三六年四月頃から本件住宅の周囲の空地を鉄屑等の廃品の一時的な置場として利用しており、昭和三九年三月に二トン積トラツクを購入して廃品の回収及び築蔵された廃品の問屋(板橋区内)への運搬等に使つていること、右営業によつて月額金六万五〇〇〇円程度の収入があること、改良住宅へ入居すると廃品置場を喪失するし、多数の家族なので狭隘であると考えていることが認められる。

(3)  被告水野本人の供述によれば、水野方は夫婦と三〇才に達した男子の三人家族で、昭和二三、四年頃から日除けの製造業を営み、附近の得意先からの注文によつて製造販売をしていること、右日除けを金具に取り付ける際には建物の周囲の空地を利用していること、月額金四万円程度の収入があること、改良住宅に入居することによつて作業用の空地を失うことを懸念していることが認められる。

(4)  被告三井本人の供述によれば、同人は夫婦と子供一人の三人家族であり国鉄職員で借財の返済分を控除して金四万八〇〇〇円の収入をえている。使用料の低廉な本件建物に居住している間に自己の家を建築もしくは購入したいと考えており、現在より使用料の高い改良住宅へ移転することによつて右計画の挫折することを虞れていることが認められる。

(5)  被告山田本人の供述によれば、同人は区役所用務員として手取り一ケ月金四万三〇〇〇円程度の収入をえていること、三人の子供と妻と、計五人家族で子供のうち二人は働いて収入をえているが他の一人三〇才になる娘は小児麻痺のため殆んど歩行のできない身体で日常生活にも人手を借りなければならない状態であると認められる。

右認定事実に基いて考えるに、被告らが、右改良住宅に移転した場合には仮りに使用料の減免取扱を受けたとしても、従前の一ケ月金八〇円の使用料と比較すれば右改良住宅の使用料は高額であるから被告らにとつて不利益であることは明らかであるが、右改良住宅の使用料は同様の広さの民間の借家等の賃料と比較すれば遥かに低廉であることは公知の事実といつてよいし、右被告らの収入に前認定の使用料減免取扱基準を合せ考えると最大限一ケ月金三三〇〇円程度の使用料が不当なまでに被告らの生計を圧迫するとは考えられない。

被告三井については自己の所有家屋を獲得できるまで現在の建物に居住したいという希望は判らぬではないが、前記の同人の収入を考えると、右程度の使用料の支出によつて同人の生活設計に悪影響を及ぼしその計画に多少の変更は余儀なくされるとしても、それがために同人の生活設計なるものが致命的な影響を受けるとは考えられない。被告山田については、改良住宅への移転は、歩行も困難なかなり重症の小児麻痺の子女に対する入浴その他日常生活の世話に困難を増すことは明らかであり、同女が集団生活を嫌らう心情を親として忍びないという点とともに、現住の建物からの移転が同被告一家にとつての心痛となつていることは十分推察しうるところである。被告平本については、同被告の扱う印刷機の操作に伴つて生ずるという作業音の程度如何については的確な証拠がないけれども、改良住宅への移転によつてその営業のうち印刷業については、かなりの困難を生ずるであろうことは推察でき、前認定程度の同被告の収入によつては他に作業所を求めることはかなり困難であることが窺われる。被告森川及び同水野については、改良住宅に移転することになれば、森川は廃品の置場、水野は作業場所を失うことになり、同人らがその営業上打撃を受けることは明らかであり、右改良住宅の近隣に代替の場所を求めることは容易でないと考えられる。なお被告森川方の家族数に対して改良住宅では狭隘であることについては、証人森川の供述によれば、同被告方は他の被告に比し遥かに収入が多く、かつ同被告のほか現に営業の手伝をし十分に働く能力のある男子もいることであるから前記の原告の提示した二戸への分割入居の条件に合致するような生活設計も不可能ではないと考えられ住居の狭隘の点はなんらかの方法で打開できないものではないと見られる。

このようにみてくると、まず被告三井については、原告の提示に従い改良住宅に入居することにさしたる障害はないと考えられる。同被告を除く被告四名については、それぞれの事情から本件建物を明渡して改良住宅に移転することはかなりの犠牲を伴うものであることはいなめないところであり、就中被告水野、同森川については、その営業上相当の打撃を受けることは避け難いといわねばならない。

(ただ前認定の事実によれば右被告水野、森川両名については、本件住宅もしくはその付近の土地にそのような作業用の施設を設け営業の場所とすることは、右住宅に入居を認められた趣旨を逸脱すると考えられ、このことは右両被告にとつて不利な点であろう)。

弁論の全趣旨によればこのような被告ら方の個別的事情に拘らず原告が画一的に鉄筋高層造の本件改良住宅の一区画を提供したことにつき、柔軟性のない態度であるとの不満を持つ被告もないではないと考えられる。しかし公共団体たる原告が前記住宅地区改良事業として七〇戸に及ぶ団地である大山住宅の建替を行うに当つて六〇世帯に及ぶ居住者の移転について可及的にその希望に沿うべく努力するとしても自ずと限界があり、その集団的処理の要請上画一的になるのもやむをえないといわねばならないところ、原告が前認定のように改良住宅への入居について一応妥当と思われる各種の条件を提示していること、右改良住宅の建築に際しても、移転先はできるだけ近いところにとの大山住宅の大方の居住者の要望に応えて、態々大山住宅の敷地のすぐ隣りの土地を公園用地から除外してそこに本件改良住宅を建築したこと(証人根本の供述によつて認める)を考えると本件原告の画一的な移転先の提供を以つて不当な態度ということはできないし、殊に右事業は証人根本も述べるとおり、低額所得者層に対して低廉な使用料の住宅を一戸でも多く供給するために土地利用の効率の低い老朽平家住宅を高層化して土地を高度に利用する目的で企画されたものであり、右行政施策上の理由以外に、何らかの非議すべきような目的を有するものではなく、右企画は、現在の土地及び住宅事情の下における施策として合理的なものと認められ、かつ、それは住宅地区改良法に基く改良地区の指定及び事業計画の認可を受けた事業として進められているところでもあるのである。

以上に述べたところに基いて考えるに、本件被告らは、本件建物の明渡によつてそれぞれに前記のような不利益を蒙るとしても、一ケ月金八〇円という極めて低廉な使用料で住宅払底の時代に長期に亘つて大山住宅に居住して来たうえ、またかなり低廉な使用料でとにかく差し当つての住居は提供されているところでもある。かような点を考慮において前認定の被告側の事情と原告の行政上の必要等本件解約申入をするに至つた諸事情とを彼此衝量するとき、本件解約の申入は借家法第一条の二の正当の事由を具備するものと考えるのが相当である。被告らが原告との交渉の過程において、右住宅払下について期待を抱いた等の事情があつたとしても、このことから右の判断を左右することはできないと考えられる。そして、証人根本の供述によれば、原告は、右解約の申入の前から現在まで被告らの入居申出のある場合には直ちに入居のできるように改良住宅の数区画を空家のまま確保し続けていることが認められるほかは解約の申入の意思表示の効力が生じた昭和三八年二月二八日以降六ケ月の間に特段の事情の変化は認められないので、別紙物件目録(一)記載の建物についての使用関係は右六ケ月の経過とともに終了したというべきである。

三、次に被告らの抗弁について判断する。

(一)  被告らは、かつて東京都建築局総務部長中島某が被告らの本件大山住宅の払下げの陳情に対してその主張のような言明をしたことがあるにもかかわらず、原告は右言明を飜えし、大山住宅について改良地区の指定を得て五年程度遅延しても実害のない住宅地区改良事業計画の実施を理由に明渡を訴求するのは信義則に反し権利の濫用として許されない旨主張する。

証人根本の供述及び弁論の全趣旨によれば、本件大山住宅の居住者六一世帯のうち被告ら五世帯を除くその余の者は昭和三九年四月頃までには本件改良住宅あるいはその他へ移転して本件大山住宅を原告に明渡したにも拘らず、被告ら少数の者は、それぞれに個別的な事情があるにせよ、一貫して払下を求めて、右住宅の明渡に応じないでいるため、原告は前記住宅地区改良事業計画の遂行上やむなく本訴に及んだことが認められる。

証人加茂坂及び被告三井本人の各供述ならびに弁論の全趣旨によれば、被告らが、本件建物を原告に明渡さない理由として前認定の各人の諸事情もさることながら、本件建物を原告に明渡ときには被告らの行つて来た払下運動が徒労に帰することについての憂慮のなすることが窺われるところ前掲証拠ならびに成立に争いのない乙第一一、一二号証の各一、二によると、本件大山住宅の払下運動なるものは古く終戦後間もない頃から始まり、被告らの主張する建築局総務部長中島某の言明という点は、その運動の初期の頃に当時都議会議員であつた訴外金子二久らを通じて払下の交渉をしていた時、被告らが聞知した話であり、被告らは右金子らの話を信じて熱心に運動をして来たことが認められる。かように被告らが聞知した右中島某の言明なるものを信じて払下げの希望を強く抱くようになつたのはもつともではあるが、仮りに右中島某が被告主張のような言明をした事実があつたとしても、それが原告東京都において内部的にせよ決定したものであつたとの点については何らの証拠もない。

従つて、原告が本件住宅地区改良事業として大山住宅の建替えを行うについて被告らの払下げの希望を容れなかつたとしても、右総務部長の言明なるものが右のごときものである以上何ら不信義なことではない。また原告の右事業の数年の遅延は損害を生じないとの点についても、証人根本の供述によれば被告らの大山住宅の明渡の遅延によつてその敷地を公園用地として使用することが遅れていることが認められ、原告において故なく本件建物の明渡を急いでいるものでないことは明らかである。

それ故被告らの権利濫用の主張は到底採用できない。

(二)  次に被告らは、(イ)別紙目録(一)記載の各建物部分の改修に要した費用及び(ロ)原告の所有に帰した増築部分の建築に要した費用につき有益費として償還請求権を有する旨主張しこれを前提として留置権を主張する。

この点につき原告は事実摘示欄記載のとおり、東京都条例を根拠にこれを争うのでまずこの点について検討するに、原告主張の都条例は、住宅使用者が住宅の模様替をしその他住宅に工作を加えようとするときは都知事の許可を受けるべき旨規定するとともに、住宅を返還する場合に右の工作物があるときは、使用者はこれを撤去して住宅を原形に復すべきものとし、右撤去に要した費用を請求できない旨を規定しているのであるが、有益費一般についてすべて償還請求権がないとする趣旨は必ずしも明らかでなく、少なくとも右規定に基いて原告主張のように断ずるのは相当でないと考えられる。

そこで、進んで前記(イ)(ロ)の各費用に分つて検討することとし、まず右(ロ)の増築部分の費用について考えるに、被告ら主張の各増築のうち、後に四において判断するところに従い原告の所有に帰した分についてのみ費用償還の問題が生じうることは明らかであるが、この場合右増築部分は前記条例にいう工作物に該当し原告において収去を求めうるものと考えられる。もつとも、右部分が原告の所有に帰している以上、被告らにおいて住宅使用関係の終了に伴い当然にこれを収去する権利を有するものではないが、右条例の趣旨は工作物の所有権が東京都と住宅使用者のいずれの側にあるかによつて差異を設けずいずれの場合にも使用者は自らの費用でこれを収去した上住宅を返還する義務を負うものと定めたと解するのが相当である。かように考えると、右条例の趣旨は、これら工作物について有益費償還請求をなしえないものとするにあると解するのが相当である。それ故右増築部分につき有益費償還請求権があるとする被告らの主張は既にこの点において採用できない。

次に前記(イ)の本件建物の本体部分の改修に要した費用の償還請求権について考えるに、被告らがその主張のような費用を支出したことについては、その援用にかかる証人、本人の供述は漠として右の点の証明として十分でなく、他にこれを認めるに足る証拠はないから、右被告らの主張は既にこの点において採用できない。

それ故、被告らの右留置権の抗弁は理由がない。

(三)  また被告らは、造作買取請求権を行使してその代金の支払を受けるまで建物を留置すると抗弁するが造作代金債権に基いて、造作のほかに建物を留置することはできないと解されるから右主張はその余の点について検討するまでもなく失当である。

(四)  さらに被告らは別紙物件目録(一)記載の建物の明渡は補償金の支払と引換になさるべきものと主張するけれども、地方公共団体が私人に使用させていた財産の返還を求める場合でも本件のように借家法第一条の二の規定に基き解約の上明渡を求める場合にまで入居者が補償を請求しうると解すべき根拠は考えられない。被告ら主張の憲法第二九条第三項もこのように一般私法規定の適用により明渡を求める場合にまで補償を要するとした趣旨と解することはできない。それ故被告の前記主張は既にこの点において採用できない。

四、最後に増築部分等の収去の請求について判断する。

被告らが原告主張のような別紙物件目録(二)記載の増築(被告森川については別棟の建物新築も含む)をしたこと及び右増築あるいは新築の部分の敷地が原告の所有であることは当事者間に争いがない。

原告は、これらはそれぞれこれを新築もしくは増築した被告らの所有に属する旨主張するので次にこの点について検討する。

まず、別紙目録(二)第三の(2) 記載の倉庫一棟についてみるに、検証の結果によれば、右建物は本体部分と離れた場所に独立の建物として建築されていることが認められ、これを建築した被告森川の所有に属することが明らかである。

次にその余の増築部分についてみるに、検証の結果によれば、被告ら方の増築によつて別紙目録(二)(ただし前記第三の(2) の倉庫を除く)に記載のとおりの工作物が本体部分(大山住宅の建築当初の建物)に増設されていること、これらの増築部分は後記の被告水野方の作業所を除いたその余は、いずれも右本体部分より出入の行われる押入、あるいは本体部分と建具によつて仕切られる程度の部屋及び廊下、さらには本体部分から直接に又は増築された部屋を通じて利用しうる台所等であつて、増築部分のみが社会経済上独立の取引の対象となるような形では設置されておらず、むしろ、本体部分に接合されることによつて本体部分と共に一個の建物の構成部分となり本体部分と共に使用することによつてはじめてその効用を有する程度に本体部分と密接に接合されているものと認められるので、これら増築部分は右本体の建物部分に附合しているものと解するのが相当である。

ところで、前記被告水野方の本体部分の南側に増築されている作業所(別紙物件目録添付の図面(四)の青線で囲まれた部分)は、検証の結果によれば、外見上一見したところではあたかも本体部分の柱を利用して建築されている如くであるが、別個に新規の柱を使用して本体部分に接着して建てられているだけであり、その構造上も本体部分に依存せず独立した建物として建築されており、従つて場所的に接着しているというだけで未だ本体部分に附合する程度に接合されているものとはいえず、かつ作業所として独立の効用を有するものと認められる。それ故右建物はこれを建築した被告水野の所有に属すると考えられる。

以上述べたところによれば、被告らの本件増築もしくは新築部分については、右水野方の作業所及び前記被告森川方の倉庫を除いたその余はいずれも各本体部分(別紙物件目録(一)記載の各建物)に附合して右本体部分の所有者である原告の所有となつたものであるから、原告においてこれら増築部分が被告らの所有に属することを前提に土地所有権に基きその収去を求める点は失当である。しかるに、この点につき原告は他に格別の主張をせず土地所有権に基く請求に終始するのみであるから、右増築部分の収去を求める原告の請求はこれを棄却するほかない。

本体部分に附合していない被告水野方の前記作業所及び被告森川方の倉庫各一棟はそれぞれ右被告らの所有であるところ、右被告らは、これらの建物の建築に際して大山住宅の管理人の承諾を得た旨主張するが、右主張のとおり被告森川、同水野が右管理人の承諾の上建築したとしても、管理人が都営住宅の敷地の中に前記のような倉庫及び作業所を建築することを承諾する権限を原告から授権されていたことを認めるに十分な証拠もない。また仮に右被告両名の右新築もしくは増築建物の敷地の使用が本件住宅使用に伴い当然認められる敷地使用の範囲に属するとしても、右住宅の使用権が消滅した以上、右敷地使用権もこれに伴い消滅することはいうまでもない。なお、右被告らは各居住建物の敷地につき昭和二四年頃原告から賃借した旨の主張もしているけれども(事実摘示、被告の主張二)これを肯認しうる何らの証拠もなく、他に右土地の占有権原について主張立証はないから、被告水野は前記作業所を被告森川は前記倉庫一棟を、それぞれ収去してその敷地を原告に明渡す義務がある。

五、以上より、被告らは原告に対し、それぞれ別紙物件目録(一)記載の建物部分(本体部分)を明渡す義務があるほか、右本体部分の使用関係の終了した後である同年九月一日以降右明渡ずみまで一ケ月金八〇円の割合の使用料相当額の損害金を支払う義務を負うことは明らかであり、被告森川は別紙物件目録(二)第三(2) 記載の前記倉庫を、被告水野は前記作業所(右目録添付の図面(四)の青線で囲んだ部分、建坪約五坪)をそれぞれ収去してその敷地を原告に明渡す義務があるので、原告の本訴請求を右の限度で認容してその余を棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第九二条本文、第八九条、仮執行の宣言につき同法第一九六条の各規定を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 安岡満彦 輪湖公寛 竹沢一格)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例